つぶやき

凡人からフリーランスへ【ビジネス5年目の振り返り】社会人経験から独立を目指すきっかけ

どうも、あかねです。

 

今回は自己紹介も含め、

「元から独立を目指してなかった私が
なぜ独立を目指すようになったのか?」

社会人経験から独立までのきっかけを
お話ししたいと思います。

 

なかなか超大作なので興味がある
マニアックな方だけ読み進めて下さい笑

20歳のフレッシュなあかねさん

20歳の時、お菓子の専門学校を出て、
パティシエデビュー。

 

県内で美味しいケーキ屋さんと
言われている場所で
就職が決定し、

自分で言うのもなんですが、
まあまあ成績は良い方で

手の器用さに自信もありこれから
メキメキと上達していく予定でした。

 

ところが働き出して2ヶ月目。

 

上司の態度が一転し、これまで優しかったのに
ゴミ箱を蹴っ飛ばし、被っていた帽子を
はたかれ罵倒されるようになりました。

どうやらこの上司は
最初だけ優しくて、ある程度経ったら
急に態度が豹変すると有名な人らしく

「ふっざけんな゙よおお!!!
お前えええええー--💢!!」

↑本当にこのレベル

 

ミスをすると毎日このように
ブチぎれる男性上司でした。

 

これが初めての就職先。

 

毎日15時間労働、
週6勤務で月収15万円。

 

忙しい時期は2週間休みがなく働き、
毎日罵倒が続いて

1人暮らしもしていて疲れて帰ってきて
食べるより眠くて
持ち帰ってきた

ホールケーキを食べて倒れるように
寝て毎朝6時起きの生活でした。

 

「最低3年は続けるのが当たり前」

 

社会のルールでそう聞いた事があって、
辞めたくてもすぐに辞めるのは

”社会人としてクズだ”

そう思って我慢して泣きながら働いていました。

 

だけど心はどんどん病んでいき、

「自分の作ったケーキで人を笑顔にしたい」

そんな気持ちで目指したパティシエの
イメージは
崩れていき…

 

休みの日は実家に帰り、家族とTVを観ていても
どこか違う場所にいる感覚で

頭の中は、
「生きてても楽しくない」

いつもそう思ってしまうほど
辛い日々でした。

 

ついには毎日笑えずストレスで
目の下がヒクヒクと痙攣。

 

そこまでくると自分でも
心配になり精神科に行きました。

 

結果はハイと鬱を繰り返す
「躁うつ病」と診断され、

薬を飲みながら仕事に行くも
エスカレートするパワハラ。

 

社長や店長に相談しても
変わることはなく続きました。

 

薄力粉をふるいにかけながら、

「お前の代わりならいくらでもいるからな。
お前もふるいにかけられるぞ。」

こんなことを言われるのはザラでした。

 

そして半年ぐらい過ぎた頃、
私がバースデーケーキに乗せる
アンパンマンクッキーを作っていると

まな板の横にナイフを突き刺して
上司は言いました。

 

「こんなもん5分で作れ!!!」

 

こんなことを言われ
もうこの頃の私は内心、

(こんなもん??アンパンマンに謝れよ。
もう無理だ、この人・・・)

と思い、一気に我慢してた
ものが溢れ出してついに上司に

「会社辞めます」

と今までの我慢していた気持ちも
吹っ切れて言ってしまいました。

 

そう言い放った瞬間、

「はあ~~~~」

と、でっかい溜息をつかれて
店長に電話され、

 

「あー店長?なんか
○○(私)が~辞めたいとか
言ってるんだけど」

 

そして、社長と店長が仕事終わりに
別店舗から飛んできて
話し合いになったけど、
もう私に続ける元気はなく退職を決意しました。

 

ここまでが初めての社会人デビューの話。

 

しばらく病みすぎて働けなくて
実家に帰った後、
バイトをしながら過ごす毎日。

 

私は完全に自信を失って、
パティシエになってからの夢がなく、
これから自分には何ができるのか?

分からなくなっていました。

 

とりあえず自分にできるのは飲食業だけ。

 

そう思って次は、
調理関係の仕事の面接を受けました。

 

面接で言われるのはやはり

「どうして半年で辞めたの?」

ばかり。

 

それで何度か面接に落ちることも。

 

ネットにはあまり前の会社の悪いように
言わない方がいいと書いてあったので、

悔しいけどパワハラの事は話さず
何とか上手く話して面接は合格に。

企業のビルの中で300人以上のランチを作る

次の就職先となったのは調理の仕事。

 

300人以上のランチを作るのに、
作るのはたった2人。

 

盛り付けはパートさんですが
私と料理長だけでしていました。

 

ここも毎日戦場のような職場。

 

またしても上司の苛立ちがヒートアップ。

 

そう、またパワハラの職場でした。

 

普通の料理と違って水の量はリットル。

 

鍋は大型車のタイヤほどの大きさで
体力がいる仕事。

 

私は元バスケ部で体力には自信がありましたが、
毎日腕はヤケドだらけ。

 

そしてまたしても男性上司に
パワハラを受けていました。

 

ある日、分量を間違えてしまった時。

 

レシピが書いてある紙に力いっぱい
ボールペンで
穴があくほど丸で囲み、

「これが読めないんですかァ~?

あなたはバカなんですかァ~?

日本語読めますかァ~?💢」

とブチギレられました。

 

この時の私は前の職場の経験があったので
耐性ができていたため、

「すいません、すいません、すいません・・・」

心を”無”にして謝り続ける、
という技を習得していました。

 

ミスをする自分も悪いけど、
頻繁に続くとさすがにムカついた。

 

そんな時は、冷凍庫の部屋で材料を
取りに行くフリをして
ブロッコリーの
袋を投げつけていました笑

 

そんなこんなでしんどい時は周りの
パートのおばちゃんもいたので
かばってもらえたりと何とか1年が過ぎ、、

 

だけどパワハラは続くし
体力的にも長くは続けられない。

 

そう思ってこの職場も去る事を選びました。

 

この時23歳。

 

漠然と普通の人と違う人生を送りたい。

 

「いつかやりたい事たくさんやるんだ」

何となくそう思ってましたが・・・

 

ここは富山の田舎。

 

友達にそんな話をしても、

「どこ目指してるの?」

笑われたり興味を持つ人は
周りにはいなかった。

 

そして、私も思っているだけで
具体的に何をしたらいいのか分からないし、
怖くて行動はしていませんでした。

「今までの経験を生かしながらのんびり働きたい」
次に働いたのはセレクトショップの3階にあるカフェ

その次に働いたのは、
セレクトショップにあるカフェでした。

お店にはモンクレールや
イルビゾンテ、マリメッコなど
おしゃれなブランドがたくさん。

 

好きなブランドを見ながら
カフェで働くのは楽しくて、

今までの仕事が過酷すぎてこの職場では
とても楽しく過ごす事ができました。

そしてこの職場ではパン教室や
プリザーブドフラワーレッスンもしていて、

「お菓子教室の先生をしないか?」

とある時、上司に提案され少人数で
カフェが落ち着いている午前中に
お菓子作りを教えたりもしていました。

 

だんだん任される仕事は増えてきて
やりがいはあるけど、
一緒にいる同期の子は
あまり任されていないのに同じ月収15万円。

 

ボーナスもなし。

 

そのうち自分が優れているとかではなく、
頑張っても頑張らなくても給料が同じ事に
何だか違和感と不満を感じ始めていました。

 

この職場は3年ほどいましたが、
毎日変化のない日々。

教える立場になるほどストイックな私は

”もっと学びたい”

そう思った時に環境を変えたくなって
また転職を考えました。

 

次に転職したのはまたカフェ。

 

雑貨屋と併設されているところでした。

 

ジャズが流れる落ち着く空間。

 

カフェで働くほどコーヒーが大好きになり、
コーヒーの香りに包まれながらのんびり働ける環境。

 

そんなに席数もなく、今まで飲食経験も
長いのですぐお店を1人で任される事になりました。

 

メニュー考案やドリンクの提供。

 

社長に自由にさせてもらえていたので
のびのびと働くことができました。

そのうちイラストが得意だったので
店内のPOPやボードデザイン、
包装紙のデザインも任されて充実していました。

新メニューを次々に出して、
売上と来店数は右肩上がり。

 

この職場では社長にも気に入ってもらえていましたが、
ある時スタッフ同士が人間関係で揉めていて

みんな仲良くして欲しくて
間を取り持っていましたが、

何故か社長に、

「○○(私)が悪口言ってたんだって?」

と勘違いされ、
否定しても信じてもらえず…

 

意味が分からないのと同時に
今まで社長以上にカフェを大事にしてきたのに、

”頑張っててもちゃんと見てくれてないんだな…”

そう思うと一気に虚しくなり
頑張っていただけにやる気がなくなったのを覚えています。

 

当時26歳。

 

親の干渉も強いので再び
一人暮らしを始めることに。

 

この頃は年齢的に結婚も意識する頃で
付き合っていた彼にプロポーズされましたが、

その人との未来を想像した時に、

”このまま普通に結婚して、
子供作って歳を重ねる…?”

 

それが幸せという人もいると思いますが、
私には物足りなく感じ、断ることに。。

 

その後も働きながら、お客さんと
話しているうちに常連さんができてきて

中には仲良くなって一緒に休みの日に
お客さんの家でBBQをしたりバドミントンをしたり。

 

充実していて職場の人間関係も良く
この会社は大好きでした。

この頃から貯金がぐんぐんなくなっていく…

引っ越してしばらくすると
続いたのが友達の結婚ラッシュがあり、

お祝いしながら貯金は
徐々に削れていきました。

 

大親友はなんとハワイで挙式。

なかなか海外に行く機会がないと思ったので
会社に頼み込んで何とか連休を頂いて
行くことになりました。

 

憧れていた初めての海外。

 

海がめちゃくちゃキレイで

”世界ってこんなに広いんだ!!”

と感動したのを覚えています。

この頃から

”もっといろんな場所に行ったり、いろんな経験をしたい!”

 

そんな気持ちがウズウズし、
好奇心が刺激されていきました。

 

ハワイなのでほとんど日本語でもいけましたが、
OKとセンキュー、ソーリーしか

言えないのでもっと英語が話せたらな、
とめちゃくちゃ悔しくなった記憶があります笑

 

このくらいから海外に憧れ、
インスタを眺めては理想の生活を夢見る日々が始まり。。

 

美意識が高そうな綺麗な女性が、
海外を旅行したり好きな物を買って
自由に生活している写真。

 

「いつか、いつか、、」

と仕事を頑張っていたら、
したい事ができないまま気付けばアラサー。

 

「どうしたらこんな風になれるんだろう?」

「このまま仕事だけで人生終わるのは嫌だ」

 

ネットで【副業】について
調べ始めたのはこの頃でした。

 

そして、しばらくしていきなりの交通事故。

 

ケガはなかったのですが、私の愛車は
ぐちゃぐちゃになり、急遽新車を購入する事に。

 

「まあ長く乗ってたから替え時か…」

 

と気持ちを切り替えていましたが、
まだまだ出費は続く。

 

このタイミングで携帯破損。

 

友達とドライブに行くのに
ガソリンを入れている時。

 

犬が私の膝の上で、う〇ちをしました笑

 

びっくりして車の外に出て、
とっさに携帯を車の上に置いて
高速に乗ってしまいこんな状態に。。

高速で携帯を落とすとこんな状態になります。

 

もうこれはスマホではなく鉄板でした。笑

 

と、あほすぎるエピソードですが、
とにかくこの時期の私はついてない。

 

とことん不幸が続きました。

 

でも今思えばこの出来事が
環境を変えるきっかけでした。

 

引っ越し、結婚祝い、
新車購入、スマホ・・・

 

ぐんぐん貯金はなくなっていき、
初めてお金に危機感を覚えました。

 

「今の仕事は好きだけど、もっと収入を上げないと生きられない」

エステティシャンになる

そう思って転職したのが、
全く違う業種のエステティシャン。

 

飲食業より給料はよく、
ボーナスもしっかりあります。

 

美容が好きで思い切って入社しましたが、
専門職なので本社で指導を受けました。

 

基本知識や技術を徹底して覚えて、
脱毛を覚えていきました。

 

完全に女性だけの空間なので
雰囲気は
女子校(いたことないけど)
って感じでしたね。

 

そしてギャルっぽい人や
気が強い人多めの印象。

 

正直苦手なタイプだ、、

と第一印象はあったけど
話すと仲良く接してくれました。

 

パティシエの時クリームを塗っていた私が、
今はジェルを塗っている、、

人生何起こるか分からんもんだなぁ
と思いながら、
新しい環境で頑張っていました。

 

接客業が長いので、話すのは
得意になっていて
どんどん全身脱毛に

契約に繋げたり、中には私に脱毛してほしい、

指名される事もありました。

同じ価値観の友達との出会い

この頃、県外出身の友達に出会い
地元の友達よりも夢を追い求めていて
価値観が似ていて嬉しかったのを覚えています。

 

この友達がいなかったらきっと
私は夢を追いかけるのは
諦めていたかもしれません。

 

一緒にそこから休みの日は
副業について調べて、

FX、仮想通貨、バイナリーオプションを
少額でビビりながらやってみたりしました。

 

5000円、1万円とか一瞬で吹き飛びましたw

”私には危ない世界だ、、”

と思ってその辺はすぐ諦めましたね。

 

そしてたまたま22歳で億超えて稼ぐ
お金持ちの知り合いが
いて、

「どうしたらお金稼げる?」

って聞いたら、

「資金突っ込むだけで自動でお金増えるツールあるよ」

とか言うので、怪しく思いながらも
楽に稼ぎたい私は
仮想通貨に変換、

10万円(最低価格)を突っ込みました。

 

ほんとに増えるのかな?

とドキドキしながら毎日眺めていて、
少しずつ増えては、

「おおお!」

となっていました。笑

 

しかし、そのアプリは急に
ログインできなくなって
引き出すこともできず。

 

あれはなんだったのか、
完全に飛ばれた感じでした。

まさに情弱というやつ。笑

それでもまだまだ稼ぎたい欲が上がり、
石川県の方が給料がいい職場が多かったので引っ越し。

エステティシャンから営業職へ

営業の仕事はインセンティブがあり、
支店長になると月収1000万円!

その数字に憧れ、転職を決意。

最初に台本を渡されて

「暗記しとけよ」と。

 

でも全然覚えられず半泣き状態に。

 

同期が他に2人いましたが、
さっさと覚えてセールスの練習してて、
完全に追いてかれて焦りまくり。

 

関西弁のマネージャーがいましたが

「こいつ話にならんわ」

みたいな扱いを受けてました。

 

2日後何とか覚えましたが、

「でもこんな台本いるのかな?」

とか思いながら、ひたすら太陽光発電の
飛び込み営業をしてました。

 

それから入社5日目。

 

毎日アポが取れて営業成績全国1位に。

 

社長から電話がかかってきて、
関西弁のマネージャーも
一気に態度が変わり

「やるやん!」

と言ってきましたね。

 

営業の時の話の流れは台本通りですが、
特に心掛けていたのは

”お客さんと会話する”

ということ。

 

これは今のネットビジネスでもそうですが、
しっかりお客さんが求めていることを聞き出す
というのはかなり大事なことだと思っています。

 

もっと話すのが上手くなりたい!

そう思って営業の本を買ったりして
上を目指していました。

 

その後はすぐに主任になれて
給料は上がっていきましたが、

毎日仕事が終わるのは夜11時くらいになり、
昇格するほど出勤時間も早くなったり、休みが減る。

 

会社のイベントで東京へ
フットサル大会に行ったり

忘年会は上司にお酒をついで
ヘこへこ挨拶周り。

 

毎日ぐったり過ごしていました。

 

人間関係は悪くないけど、
どこの職場にも嫌なヤツ(合わない人)
は必ずいる。

 

ただ働いているだけなのに、

・無意識に傷つけてくる人
・変なマウントをとってくる人
・ズカズカとプライベートを突っ込んでくる人

本当に働いてて嫌で仕方なかった。

 

自分に自信があるのかエレベーターの中で
壁ドンしてくる歳下の同期もいた。

 

「キモいキモすぎる・・・
せめて平野紫耀ならいいのに。」

 

「はやく自由になりたい!!!!」

その気持ちが全て行動力に変わる。

本格的にネットビジネスを始める

その後もブログ、物販、と挑戦し、
2021年6月にコンテンツビジネスを開始。

 

たった数ヶ月で100万円を
達成する事ができました。

ここまで長くなりすいません。

という事でこんな感じでいろいろあって、
私が独立した理由は、

・仕事だけで人生終わりたくない
・お金に危機感を感じ、やるしかない状況ができた
・朝決められた時間に起きるのが嫌
・嫌な人間関係を断ち切りたい
・もっと自分を成長させたい
・大事な人を大切にしたい
・将来安心したい
・やりたい事に時間を使いたい

からです。

 

独立は元からしたかった訳ではないですが、

”本当に求めていてずっとやりたかった事はこれだ!”

と感じています。

 

ネット上には同じ価値観や
夢を持った人がたくさんいる。

 

そして、自分を必要としてくれて
その人の人生をいい方向に変える
お手伝いをして感謝される。

 

もっともっと人間として成長していける
可能性が
あって毎日ワクワクしています。

 

20代前半の過去の私のように、

「こんな風になれたらいいなぁ〜」

と思っているだけであれば人生は変わらず
時間はどんどん進んでいくので、

本気で人生変えたいのであれば
今すぐ生活を変えた方がいいです。

 

これから私は目標だった月収100万円を超えて
もっと知識をつけて500万円、1000万円
を目指していきます。

 

レールをひいて先に進むので、
もしあなたも目標が同じなら
一緒に上がっていきましょう。

 

これを読んでくれたあなたが少しでも
行動するきっかけになれば、と思います。

 

何か新しい事に挑戦するのは不安があると思います。

 

不安や行動したいけどどうしたらいいのか
分からないのであれば、遠慮なく相談してきて下さいね。

 

かなり長くなってしまいましたが、
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

ABOUT ME
あかね
【初月から最速で収益に繋がるしくみを教える人】努力し続けても成果が出ない苦痛の日々から脱出|実績ゼロ➔Twitterだけで月収100万円超え継続中|フォロワー、リスト関係なし|月30万円以上稼ぐ生徒さん多数|稼ぐノウハウ追いかける時間あるならビジネスの土台作りを|人生どん底からノンストレスへ
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